石川滋賀県人会
第25回石川滋賀県人会総会・懇親会開催 文責 堀 勘四郎
石川滋賀県人会は、令和8年2月15日(日)金沢市の金沢勤労者プラザで、出席会員15名委任状5名のもと、午前10時に岡田副会長の司会で始まりました。当日は、去年と同様、春の訪れが近いことを思わせる、温かく穏やかな天気に恵まれました。 冒頭堀会長より、「開催が一週間前だったら選挙はあるは、雪は降るわ、で大変でした。皆さんの日ごろの心がけのお陰です」との挨拶があり、続いて、杉本顧問が、「私の故郷の長浜市山本山に、今年もオオワシが来ました。オオワシが来るのは、30年連続で、地元では“山本山のおばあちゃん”の愛称で親しまれています」とのことでした。
続いて議事に入り、2025年度の事業報告(東木理事)、決算報告(望月理事・会計)、監査報告(徳田監査役)、2026年度の役員承認(堀会長)以上4案は、賛成多数で承認されました。なお、川森理事は、一身上の都合により、退任されました。
続いて、会則変更(堀会長)を審議し、賛成多数で、承認されました。
変更点
① 第4条前条の目標達成のために次のことを行う。
(3)(旧)毎年春または秋の日曜日に里帰りバスツアーを計画し、滋賀を訪れる
(新)毎年春~秋に2回程度県内で懇親会を行う
② 第9条 本会の慶弔は次の通りとする。
3.(旧)配偶者の死亡 10000円
(新) 削除
③ 第11条 本会に次の役員を置く。
(旧)理事 4~5名
(新)理事 3~4名
2026年度事業計画(東木理事)新しく、長野・北陸懇親会を秋に開催する。また、計画案には明示してないが、本年度は、本会の25周年に当たるので、ふさわしい事業を企画したい。 2026年度予算案(望月理事・会計)長野・北陸懇親会 80,000円を新しく計上する。 以上2件賛成多数で承認されました。
総会後、引き続き講演が行われました。 今年の講師は、当会の会員、望月隆さん。演題は、“甲賀「忍者」の虚像・実情”。 望月さんは、甲賀市甲南町の出身で、町内には、「甲賀流忍術屋敷」があり、いわば、甲賀「忍者」のお膝元。この屋敷は、「甲賀流忍者 甲賀五十三家筆頭格甲賀望月氏本家の旧邸」。望月さんは、この望月家の家紋と実家の家紋は違うけれども、「自分も甲賀忍者の末裔かもしれない」と調査をされ、今回の講演となりました。 甲賀は、7世紀頃より林業が盛んになり、平安初期には、天台宗の寺院が多数建立、修験道が発展しました。10世紀以降荘園が発達、管理者として、地侍が台頭、南北朝以降、“甲賀武士”と呼ばれるようになりました。また、薬草が豊富で、独自の本草学(薬学)が発展し、「忍法」をうかがわせます。この甲賀武士は、戦国時代、信長、秀吉、家康などの勢力争いに巻き込まれ、翻弄されます。江戸時代には、多くは、武士になれず、甲賀で帰農(甲賀古士と自称)しますが、培った兵法を継承する家もあり、「忍者」であることを自覚・主張します。裏返せば、それまで自らを「忍者」と思っていなかった。 江戸時代には、伊賀・甲賀の忍法が、体系化されます。1676年に伊賀の上忍藤林保武が、忍法(伊賀甲賀共通)の教本“万川集海”を発行します。この本で、忍びの根本は“正心”、正しい心、としています。山田風太郎の「忍法帳シリーズ」、白土三平の「カムイ外伝」、横山光輝の「伊賀の影丸」、海外での忍者ブームなど、「忍者」の虚像・実像があふれ、商業化されています。しかし、実際には、江戸時代には、「忍術」を維持する家が職業としての「忍者」を自覚するも、甲賀「忍者」の活躍の場はほとんど失われました。 望月さんは、「先祖(甲賀五十三家望月氏の分家筋)は、戦国末期に本家とともに没落、江戸時代以降百姓身分。私は、「忍者」と関係なく、忍術屋敷とは、同名中惣のゆるい繋がりのみ」と分かり、家紋の違いも納得した、とのことでした。 なお、望月さんからは、「講演内容をもとにホームページの寄稿文のコーナーに原稿を投稿する予定」と聞いています。皆さん、お楽しみに。
懇親会(はねや)
総会に引き続き、内灘町の「和乃食 はねや」で懇親会を開催しました。15名が参加し、楽しいひと時を過ごしました。
